心理学者 / cognitive

スティーヴン・ピンカー

スティーヴン・ピンカー

アメリカ合衆国 1954-09-18

カナダ生まれのアメリカ合衆国の認知心理学者・言語学者 (1954-)。ハーバード大学心理学教授。『言語を生みだす本能』(1994)・『心の仕組み』(1997)・『暴力の人類史』(2011)・『21世紀の啓蒙』(2018) など9冊の一般向け著作で進化心理学と啓蒙主義的人間観を世界的に普及。2020年に言語学会から除名要求の公開書簡、エプスタイン弁護書簡や反ジェンダー本質論など論争も多い在世論客。

この人から学べること

ピンカーの著作が現代のビジネスパーソンと投資家に与える最大の示唆は「長期の方向性を信じよ、ただし統計で確かめよ」という啓蒙主義的実証主義の姿勢である。『暴力の人類史』『21世紀の啓蒙』は、目先のニュースサイクルの悲観論に対して、極貧率・暴力死率・乳児死亡率・識字率といった長期統計が一貫して改善方向にあることを論証した。投資家がベン・グレアム流の長期指向を維持できるのは、この基盤的世界観があってこそだ。進化心理学の知見は地位獲得欲・内集団偏好・性差を更新世への適応として現実視させる。ただしピンカー自身の論争歴は、長期で正しいことと短期で受け入れられることは別問題という厳しい現実を示している。

心に響く言葉

言語は、時刻の読み方や連邦政府の仕組みを学ぶように習得する文化的人工物ではない。それは我々の脳の生物学的構成の一部であり、複雑かつ専門化された技能であって、子どもにおいて意識的努力や形式的指導なしに自発的に発達し、その背後の論理を意識せずに用いられ、どの個人においても質的に同一であり、情報処理能力や知的行動の一般的能力とは区別される。

Language is not a cultural artifact that we learn the way we learn to tell time or how the federal government works. Instead, it is a distinct piece of the biological makeup of our brains. Language is a complex, specialized skill, which develops in the child spontaneously, without conscious effort or formal instruction, is deployed without awareness of its underlying logic, is qualitatively the same in every individual, and is distinct from more general abilities to process information or behave intelligently.

信じるかどうかは別として――そして大半の人は信じないだろうが――暴力は長い時間スケールで減少してきており、今日我々は人類史上もっとも平和な時代に生きている可能性がある。

Believe it or not — and I know that most people do not — violence has declined over long stretches of time, and today we may be living in the most peaceable era in our species's existence.

心は計算機官の体系であり、我々の祖先が採集生活で直面したような種類の問題を解くために自然選択によって設計されたものである。

The mind is a system of organs of computation, designed by natural selection to solve the kinds of problems our ancestors faced in their foraging way of life.

理性、科学、ヒューマニズム、そして進歩――啓蒙主義の諸価値は、今日かつてないほど重要である。

Reason, science, humanism, and progress: the Enlightenment values are more relevant today than ever.

「人間の心には生得的構造が一切なく、経験によって完全に形作られる」というブランク・スレート教義は、それ自体が一種の神話であり、科学的発見ではなく政治的に都合のよい物語である。

The blank slate doctrine, holding that the human mind has no inherent structure and is shaped entirely by experience, is itself a kind of myth — a politically convenient story rather than a scientific finding.

生涯と功績

スティーブン・アーサー・ピンカーは1954年9月18日、カナダ・モントリオールの英語圏中流ユダヤ人家庭に生まれた。祖父母は1926年にポーランドとルーマニアからカナダに移民し、モントリオールで小さなネクタイ工場を営んでいた。父ハリーは法律家として教育を受け不動産業に従事、母ロズリンは主婦から進路指導カウンセラー、高校副校長となった。13歳で無神論者となり、自身を「文化的ユダヤ人」と称する。子供時代の1969年モントリオール警察暴動を目撃するまでは無政府主義者だったと述懐している。1971年ドーソン・カレッジ卒業、1976年マギル大学で心理学学士、1979年ハーバード大学でスティーブン・コスリンの指導下で実験心理学博士号を取得した。MITで1年研究員を務め、ハーバード、スタンフォードと講師職を経て、1982年から2003年までMITの脳・認知科学科で教鞭を執り、認知神経科学センター長 (1994-1999) を歴任した。2003年以降ハーバード大学心理学のジョンストン・ファミリー教授。

初期の研究は視覚認知 (心的イメージは特定視点からの2.5次元スケッチに対応) と言語獲得の計算論的学習理論であった。1990年ポール・ブルームとの共著論文「自然言語と自然選択」は、人間の言語能力が自然選択によって進化したと主張し、当時主流だったチョムスキー-グールド系の「言語の突然出現」説に対する強力な反論となった。この論文は言語進化研究の中心問題を「言語は進化したか」から「いかに進化したか」へと転換させたと評価されている。1994年刊行の一般向け処女作『言語を生みだす本能』はこの立場を大衆向けに展開し、言語は文化的発明ではなく蜘蛛の網張りやビーバーのダム作りと同列の生物学的本能であると論じた。続く『心の仕組み』(1997) と『人間の本性を考える』(2002) は、人間の心が更新世への適応の集合 (アーミーナイフのモジュール構造) であるという進化心理学の立場を、リチャード・ドーキンス、ダニエル・デネットらと並ぶ第一線の論客として世界中に普及させた。『心の仕組み』と『人間の本性を考える』はピューリツァー賞最終候補となった。

2011年『暴力の人類史』は彼の影響圏を心理学から歴史社会科学全域に拡大した。部族戦争・殺人・残虐刑罰・児童虐待・国家間戦争に至るまで人類史を貫いて暴力は減少傾向にあると主張し、背景に「より善き天使」と6つの歴史的傾向 (国家成立・商業拡大・フェミニズム・コスモポリタニズム・人権革命・理性) を置いた。2018年『21世紀の啓蒙』ではこれを啓蒙主義4原則 (理性・科学・ヒューマニズム・進歩) の擁護に拡張し、ビル・ゲイツが「私のお気に入りの本」と評するなど巨大な影響を与えた。2004年タイム誌「世界で最も影響力のある100人」、2016年米国科学アカデミー会員、2022年BBVA財団 Frontiers of Knowledge 賞など栄誉は数知れない。

一方で批判と論争も絶えない。考古学者ウェングローは彼の考古資料の扱いを「現代の心理学者が場当たり的に書いている」と評し、グレーバーとの『万物の黎明』(2021) は『暴力の人類史』の前提を根本から争った。2006年、友人ダーショウィッツがエプスタイン弁護にあたった際、ピンカーは未成年誘引法の文言解釈の意見を提供し、これが司法取引で連邦人身売買容疑取り下げに用いられた。2019年「事情を知らずに無償で行った助言、手紙を書いたことを後悔している」と釈明した。2005年ハーバード学長サマーズの性差発言の擁護や、スペルクとの「ジェンダーと科学」討論での主張は、現代のジェンダー本質論批判の主要ターゲットであり続ける。2020年7月、米国言語学会 (LSA) の特別会員リストから彼を削除するよう求める公開書簡に数百名が署名したが、LSA 執行委員会は要求を退けた。2024年12月、無宗教財団 (FFRF) の反トランス記事取り下げに抗議して名誉理事を辞任、ドーキンスらも続いて同財団は名誉理事会を解散した。2025年5月にはトランプ政権のハーバード国際学生受入停止に対し NYT に「ハーバード錯乱症候群」と題する反論を寄稿。70代を迎えてなお最も論争的な公的知識人の一人である。

専門家としての評価

認知心理学・進化心理学・心理言語学の最前線から、9冊の一般向け著作によって科学的人間観を世界中の大衆に普及させた、現代を代表する公的知識人。チョムスキー流生得主義を継承しつつ、言語の自然選択進化を主張する点で師から離れ、リチャード・ドーキンス、ダニエル・デネットと並ぶ進化的人間観の旗手となった。ただしエプスタイン弁護書簡、LSA 除名要求の公開書簡、反ジェンダー本質論批判、考古学的根拠への疑義など、20世紀以降の在世論客として論争は絶えない。

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よくある質問

スティーヴン・ピンカーとは?
カナダ生まれのアメリカ合衆国の認知心理学者・言語学者 (1954-)。ハーバード大学心理学教授。『言語を生みだす本能』(1994)・『心の仕組み』(1997)・『暴力の人類史』(2011)・『21世紀の啓蒙』(2018) など9冊の一般向け著作で進化心理学と啓蒙主義的人間観を世界的に普及。2020年に言語学会から除名要求の公開書簡、エプスタイン弁護書簡や反ジェンダー本質論など論争も多い在世論客。
スティーヴン・ピンカーの有名な名言は?
スティーヴン・ピンカーの代表的な名言として、次の言葉があります:"言語は、時刻の読み方や連邦政府の仕組みを学ぶように習得する文化的人工物ではない。それは我々の脳の生物学的構成の一部であり、複雑かつ専門化された技能であって、子どもにおいて意識的努力や形式的指導なしに自発的に発達し、その背後の論理を意識せずに用いられ、どの個人においても質的に同一であり、情報処理能力や知的行動の一般的能力とは区別される。"
スティーヴン・ピンカーから何を学べるか?
ピンカーの著作が現代のビジネスパーソンと投資家に与える最大の示唆は「長期の方向性を信じよ、ただし統計で確かめよ」という啓蒙主義的実証主義の姿勢である。『暴力の人類史』『21世紀の啓蒙』は、目先のニュースサイクルの悲観論に対して、極貧率・暴力死率・乳児死亡率・識字率といった長期統計が一貫して改善方向にあることを論証した。投資家がベン・グレアム流の長期指向を維持できるのは、この基盤的世界観があってこそだ。進化心理学の知見は地位獲得欲・内集団偏好・性差を更新世への適応として現実視させる。ただしピンカー自身の論争歴は、長期で正しいことと短期で受け入れられることは別問題という厳しい現実を示している。