心理学者 / cognitive

ハンス・アイゼンク
イギリス 1916-03-04 ~ 1997-09-04
ドイツ生まれの英国の心理学者(1916-1997)。キングス・カレッジ精神医学研究所教授として、外向性・神経症傾向・精神病傾向からなるPENモデルを提示し、性格を生物学的に説明する科学的人格研究を確立した。1952年論文で精神療法の効果を否定し論争を呼ぶ。死後2019年に共著論文26報が「安全ではない」と判定され14報が撤回された人物である。
この人から学べること
アイゼンクのPENモデルはチーム編成と組織行動に直接転用できる。外向性が「覚醒耐性差」だという仮説は、内向型に対面会議を詰め込むと逆効果になる理由を生理学的に説明する。同時に学ぶべきは彼の罪の側面である。共著論文26報が「安全ではない」と判定され14報が撤回された事実は、効果量が常識を超える結果や、特定利害関係者(タバコ産業)から資金が出た研究には強い懐疑を持つべきことを教える。経営判断や投資判断でも「データが綺麗すぎる結論」「資金源が偏った研究」には同じ懐疑を向ける必要がある。彼自身が「事実だけが重要」と主張したからこそ皮肉な範例となる。
心に響く言葉
私は常々、科学者が世界に対して負うものはただ一つ、自分が見たままの真実だと感じてきた。もし真実が深く信じられている信念と矛盾するなら、それは仕方がない。気配りや外交は国際関係や政治、おそらくはビジネスにおいては結構なものだ。しかし科学では、ただ一つだけが重要であり、それは事実である。
I always felt that a scientist owes the world only one thing, and that is the truth as he sees it. If the truth contradicts deeply held beliefs, that is too bad. Tact and diplomacy are fine in international relations, in politics, perhaps even in business; in science only one thing matters, and that is the facts.
入手可能なデータは、心理療法が神経症性障害の回復を促進するという仮説を支持しない。
The available data fail to support the hypothesis that psychotherapy facilitates recovery from neurotic disorder.
性格はかなりの程度、その人の遺伝子によって決定される。
Personality is determined to a large extent by a person's genes.
内向者は外向者よりも(神経の)活動水準が高く、慢性的に大脳皮質の覚醒水準が高い。
Introverts are characterized by higher levels of activity than extraverts and so are chronically more cortically aroused than extraverts.
私は喫煙が癌と冠状動脈性心疾患に因果的に関係していないと述べたことは一度もない。そうした関係を否定することは無責任であり、証拠に反する。私はただ、入手可能な証拠が因果関係を証明するには不十分だと述べてきたに過ぎず、これは真実だと信じている。
Note that I have never stated that cigarette smoking is not causally related to cancer and coronary heart disease; to deny such a relationship would be irresponsible and counter to the evidence. I have merely stated that the available evidence is insufficient to prove a causal relationship, and this I believe to be true.
生涯と功績
ハンス・ユルゲン・アイゼンクは1916年3月4日、ベルリンに生まれた。母は映画女優ヘルガ・モランダー、父は俳優兼ナイトクラブ芸人エードゥアルト・アイゼンク。両親離婚後、彼はカトリックに改宗したユダヤ人の祖母に育てられたが、祖母はナチスのニュルンベルク法によって強制収容所に送られ命を落とした。ナチズムへの嫌悪から1930年代に英国へ亡命し、1940年にユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンでサイリル・バート教授の指導下に博士号を取得。1955年から1983年まで、ロンドン大学キングス・カレッジ精神医学研究所(IoP)で心理学教授を務めた。
彼の業績の核は人格構造の実証的次元化である。1947年の『Dimensions of Personality』で外向性(E)と神経症傾向(N)の2次元を提示、1970年代後半には妻シビル・アイゼンクとの共同研究を経て精神病傾向(P)を加え、E・N・PからなるPENモデルを完成させた。彼は外向性の生物学的基盤を大脳皮質の覚醒水準の個体差に求め、内向者は本来覚醒水準が高いためむしろ刺激を避け、外向者は刺激を求めて行動するとした。続けてモーズレイ人格目録(MPI)、アイゼンク人格目録(EPI)、アイゼンク人格質問紙(EPQ)を作成し、人格研究に標準化された測定基盤を与えた。1981年には国際雑誌『Personality and Individual Differences』を創刊。生涯で約80冊の書籍と1,600本超の論文を著し、晩年には現存する被引用数最多の心理学者となった。
一方で彼は数多くの論争を抱え続けた。1952年の論文では当時の精神療法に「神経症の回復を促進するとする仮説を支持するデータはない」と結論づけ精神分析陣営を激怒させた。1971年の『Race, Intelligence and Education』(米国版『The IQ Argument』)では、人種間IQ差に遺伝的寄与の存在を主張し、ロンドン経済政治学院での講演中に抗議者から顔面を殴打される事態となった。1970年代以降、彼は極右系出版物(National-Zeitung, Nation und Europa)への寄稿、Roger Pearsonの著作への序文寄稿、Pioneer Fundからの研究費受領などで批判を受けた。占星術と超心理学を擁護した立場も科学的懐疑論者から「素朴」と批判された。
最も深刻なのは1980年代から1990年代にかけてRonald Grossarth-Maticekと共同で行った「癌・心臓病傾向性格」研究である。彼らは特定の性格類型の癌死亡率を対照群の121倍、心臓病死亡率を27倍と報告したが、これは生医学研究で前例のない効果量だった。この研究の一部はタバコ産業弁護士事務所Jacob & Medinger経由で資金提供を受けており、The Independent紙によれば総額80万ポンド超に達した。2019年、精神科医アンソニー・ペロシが『Journal of Health Psychology』誌でこれを「科学史上最悪の不正の一つ」と告発、キングス・カレッジ・ロンドンが調査し26報を「安全ではない」と判定、最終的に学術誌側で14報が撤回され71報に懸念表明が付された。1997年9月4日、彼はロンドンのホスピスで脳腫瘍により81歳で逝去した。彼の遺産はPENモデルや実証的人格研究の方法論的基盤という功と、データ操作疑惑・人種研究の偏見・タバコ産業資金との癒着という罪が並存する複合的なものとして、現代心理学が直視せざるを得ない事例である。
専門家としての評価
現代心理学において、アイゼンクは人格を生物学的・遺伝的・統計的に取り扱う実証主義的アプローチの先駆者である。PENモデルは後のビッグファイブの祖型であり、被引用数では晩年に現存最多を記録した。一方で人種・知能・喫煙・癌をめぐる主張、極右系出版物への寄稿、タバコ産業からの研究費受領、そして2019年のキングス・カレッジ調査による26報「不安全」判定は、彼の遺産を功罪併存型の代表例とした。