起業家 / 製造業

稲盛和夫
日本 1932-01-21 ~ 2022-08-24
昭和-平成期の連続起業家・経営哲学者
京セラとKDDIを創業しJALの再建を2年で成し遂げた
「動機善なりや」という自己への問いは利他の経営哲学の核心
1932年鹿児島生まれ、京セラとKDDI(旧・第二電電)を創業し、いずれも売上高数兆円規模に育てた稀有な連続起業家。独自の「アメーバ経営」で全社員を経営者に変え、78歳で経営破綻した日本航空の再建を託されるとわずか2年で営業利益過去最高を達成。仏門に入りながらも利他の経営哲学を実業で証明し続けた「生き方」の探究者である。
名言
人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力
動機善なりや、私心なかりしか
楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する
利他の心で判断すれば、すべてがうまくいく
値決めは経営である
誰にも負けない努力をする
関連書籍
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稲盛和夫の経営哲学は、スタートアップから大企業まで現代のあらゆる組織に応用可能な実践知を含んでいる。まず「アメーバ経営」の考え方は、近年注目されるOKRやスクラムといったアジャイル型マネジメントと親和性が高い。組織を小さな単位に分け、各チームが自律的に目標と成果を管理するという発想は、リモートワークが常態化した現代の組織設計において改めて有効性を発揮する。次に「動機善なりや」という自己への問いかけは、ESGやステークホルダー資本主義が叫ばれる今、経営者が意思決定の倫理的基準を内面に持つことの重要性を示している。利益追求と社会的責任を対立概念ではなく同一線上に置く姿勢は、パーパス経営を標榜する現代企業にとって具体的な判断基準を提供する。さらに「値決めは経営」という言葉は、SaaSやサブスクリプションモデルの価格設計に苦心する現代の起業家にも直接響く。安売りによる短期的な市場獲得ではなく、顧客が感じる価値に見合う適正価格の設定こそが長期的な企業体力を築くという教訓は、時代を超えて有効である。
ジャンルの視点
起業家としての稲盛和夫の特異性は、二つの異なる産業で巨大企業を一代で築いた点と、経営破綻企業の再生という第三の偉業を成し遂げた点にある。松下幸之助が「経営の神様」と称されるならば、稲盛は「経営の哲学者」と位置づけられる。技術起点で事業を創造しつつも、その根底に仏教的な人間観と利他の倫理を据えた点で、日本型経営思想の一つの到達点を示した。盛和塾を通じて一万人以上の経営者に直接影響を与えたという波及効果も、経営者教育者としての類例のない貢献である。
プロフィール
稲盛和夫の名を語るとき、避けて通れないのは「なぜ一人の人間が二度も巨大企業を創れたのか」という問いである。京セラとKDDIという異なる産業で成功を収めた事実は、偶然や時代の追い風だけでは説明がつかない。そこには経営を「技術」と「哲学」の両輪で捉える独自の方法論があった。
1932年、鹿児島市に七人きょうだいの次男として生まれた稲盛は、幼少期に結核を患い、生死の境をさまよった経験を持つ。地元の大学で有機化学を専攻した後、京都の碍子メーカーである松風工業に就職するが、給与遅配が続く経営難の中で新型セラミック材料の研究に没頭した。この時期に培った「逆境でこそ技術に集中する」姿勢が、後の経営哲学の原点となる。1959年、上司や同僚とともに資本金300万円で京都セラミック(現・京セラ)を設立。ファインセラミックスという当時はニッチだった素材技術を武器に、半導体パッケージや電子部品の市場を切り拓いていった。
京セラの成長過程で稲盛が編み出したのが「アメーバ経営」と呼ばれる管理会計手法である。組織を5人から50人程度の小集団に分割し、それぞれが独立採算で収支を管理する。月次どころか日次で「時間当たり採算」を算出し、全員が経営数字を自分事として捉える仕組みを構築した。この手法の本質は、単なるコスト管理ではなく「全社員が経営者意識を持つ」という人間観にある。稲盛は「経営とは一部のエリートが担うものではなく、現場の一人ひとりが主役になるべきだ」と繰り返し説いた。
1984年、通信自由化の機を捉えて第二電電(DDI)を設立する。既に京セラを一兆円企業に育てていた稲盛が、畑違いの通信業界に挑んだ動機は「国民の通信料金が高すぎる」という義憤であったと本人は述べている。NTTという巨大な独占体に対し、自前の通信インフラを整備しながら価格競争を仕掛けるという戦いは、技術的にも資金的にも極めて困難であった。しかしDDIはKDDおよび日本移動通信との合併を経て2000年にKDDIとなり、日本の通信市場に本格的な競争構造をもたらした。
稲盛の経営に通底するのは、仏教思想から汲み取った「利他」の概念である。1997年に臨済宗妙心寺派で得度し、托鉢修行も経験した稲盛は、経営の目的を「全従業員の物心両面の幸福を追求すること」と定義した。この理念は一見理想主義的だが、京セラが創業以来一度も赤字決算を出さなかった事実と、自主的な経営塾「盛和塾」に国内外から一万人以上の中小企業経営者が集まった事実が、その実効性を裏付けている。
稲盛の集大成ともいえるのが、2010年に引き受けた日本航空の再建である。2兆3千億円の負債を抱えて経営破綻したJALに対し、78歳の稲盛は無報酬で会長に就任した。アメーバ経営の導入により路線ごとの収支を可視化し、現場の意識改革を徹底した結果、就任からわずか2年後の2012年に東京証券取引所への再上場を果たし、営業利益は過去最高を記録した。巨大組織の再生において、仕組みと意識の両面から変革を起こせることを証明した事例として、経営学の研究対象にもなっている。
稲盛財団が主催する京都賞は、ノーベル賞が対象としにくい分野の先端的貢献を顕彰する国際賞として定着し、基礎科学・先端技術・思想芸術の三部門で毎年授与されている。2022年8月に90歳で逝去した稲盛が残した経営哲学は、著書『生き方』が累計100万部を超えるベストセラーとなるなど、没後もなお多くの経営者に読み継がれている。