哲学者 / 現代西洋

マーサ・ヌスバウム

マーサ・ヌスバウム

アメリカ合衆国 1947-05-06

現代アメリカを代表する倫理学者・古典学者(1947- )。アリストテレス的徳倫理学を現代に蘇らせ、経済学者アマルティア・センと共に「ケイパビリティ・アプローチ」を展開した。シカゴ大学教授。京都賞(2016)、ホルベア賞(2021)等の主要賞を相次いで受賞している。古典哲学から法学・フェミニズム・動物倫理まで横断する稀有の知性として知られる。

この人から学べること

ヌスバウムから現代のリーダーが学ぶ第一は、ケイパビリティ・アプローチの実践応用である。組織の評価指標を売上や利益だけでなく「メンバーが何をなしえ、何になれるか」という潜在能力で測ろうとすると、人事評価・育成投資・福利厚生の設計が大きく変わる。「平均給与」より「キャリア選択肢の幅」、「定着率」より「自己実現の余地」が指標となる。第二に、彼女の「善のもろさ」論は、リスク・マネジメントの新しい姿勢を示唆する。完全な制御を諦めることなく、しかし重要な善ほど運に左右される脆さを抱えていると認めるとき、組織やキャリアの強さは「不確実性に対する開かれ」によって測られる。第三に、感情を知的判断とみなす視点は、組織内の感情労働・心理的安全性・コンパッションリーダーシップの哲学的基礎を与える。感情を抑圧でも放縦でもなく「世界をどう評価しているかの認知的判断」と捉えれば、感情的対立も論理的対話と同じ重みで扱える。

心に響く言葉

生涯と功績

マーサ・クレイヴン・ヌスバウムは、現代アメリカで最も影響力ある倫理学者・古典学者の一人である。1947年ニューヨーク生まれ。ニューヨーク大学を経てハーバード大学で修士号と博士号を取得した。ハーバードとブラウン大学で教えた後、1995年からシカゴ大学のエルンスト・フロインド記念特別職教授として法学・哲学を教えている。

初期の業績はアリストテレス古代哲学研究で、1978年の『アリストテレスの動物運動論』で名を確立した。彼女の哲学的中心軸は、ギリシア悲劇とアリストテレス倫理学を現代に接続する仕事である。1986年の『善のもろさ』では、ギリシア悲劇と哲学の双方に共通する「人間の善は運に左右される脆さを持つ」という洞察を再評価し、現代倫理学の中心トピックの一つに据え直した。彼女の倫理観は、ストア派的な感情の根絶ではなく、感情を知性ある判断とみなして倫理に組み込む方向にある。2001年の『感情の哲学』(Upheavals of Thought)はこの立場の体系的展開である。

国際的に最も知られているのが、ノーベル経済学賞受賞経済学者アマルティア・センとの共同による「ケイパビリティ・アプローチ」である。GDPや効用といった集計的尺度ではなく、「人がどれだけのことをなしえ、なれるか」という潜在能力を発展の指標とすべきだという主張で、開発経済学・人権論に深い影響を与えた。彼女は10項目の中心的ケイパビリティ(生命、身体的健康、感覚と思考、感情、実践理性、関係性、他種との共生、遊び、環境への関与、自己の身体への支配)を具体的にリストアップしている点で、センよりも普遍主義的な立場を取る。

対象領域はきわめて広く、フェミニズム、女性の人間開発、リベラリズムの基礎、宗教的多元主義、人文学の擁護、感情の政治、動物倫理、芸術論、シェイクスピアと法、認知症と倫理――いずれも彼女の主著の主題となっている。彼女の仕事の一貫した特徴は、緻密な古典文献学と現代政策論を結びつける点にある。プラトンの饗宴やソフォクレスの悲劇を読み解く同じ手つきで、インドの女性の貧困、アメリカの障害者法、世界の動物福祉を論じる。哲学が大学の閉鎖的な専門に閉じこもることを拒否し、人文学が民主主義に必要な徳を市民に育てるという信念に立って活動を続けている。アストゥリアス皇太子賞社会科学部門(2012)、京都賞思想・芸術部門(2016)、バーグルエン賞(2018)、ホルベア賞(2021)、バルザン賞(2022)など、人文社会科学分野で世界的に重要な賞を相次いで受賞している現代古典派の代表的論客である。アマルティア・センとは1986年の論文集『生活の質』で公刊された共同研究を皮切りに、長年にわたり知的伴走を続けている。日本でも『女性と人間開発』(2005)、『感情と法』(2010)、『正義のフロンティア』(2012)、『良心の自由』(2011)、『経済成長がすべてか?』(2013)、『ケイパビリティ・アプローチとは何か』(2025)等が翻訳刊行され、人文学不要論への反論として読み返されている。徳倫理・感情論・政策論を一筆書きで結ぶ稀有な書き手であり、英米倫理学の現代風景を彼女抜きに語れない地位を確立している。インドや南アフリカでの教育格差研究を含め、第三世界の女性とマイノリティの問題を哲学の中心に据えた点でも特筆される。

専門家としての評価

現代倫理学・政治哲学におけるヌスバウムの位置は、英米分析哲学・アリストテレス徳倫理学・ギリシア悲劇研究・開発経済学・法哲学を横断する稀有の交差点である。ロールズ的契約論を批判しつつ、リベラル・コミュニタリアン論争で第三の道を切り拓いた。フェミニズム哲学・障害学・動物倫理への貢献も大きく、英米倫理学の地理を文字通り書き換えた現代の代表的論者であり、人文学が現代の政策と接続する例として読み継がれている。

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人物相関

影響を与えた人物

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よくある質問

マーサ・ヌスバウムとは?
現代アメリカを代表する倫理学者・古典学者(1947- )。アリストテレス的徳倫理学を現代に蘇らせ、経済学者アマルティア・センと共に「ケイパビリティ・アプローチ」を展開した。シカゴ大学教授。京都賞(2016)、ホルベア賞(2021)等の主要賞を相次いで受賞している。古典哲学から法学・フェミニズム・動物倫理まで横断する稀有の知性として知られる。
マーサ・ヌスバウムの有名な名言は?
マーサ・ヌスバウムの代表的な名言として、次の言葉があります:"良き人間であるとは、世界に対するある種の開かれを持つこと、自分の制御を超えた不確かな物事を信頼できるということだ。"
マーサ・ヌスバウムから何を学べるか?
ヌスバウムから現代のリーダーが学ぶ第一は、ケイパビリティ・アプローチの実践応用である。組織の評価指標を売上や利益だけでなく「メンバーが何をなしえ、何になれるか」という潜在能力で測ろうとすると、人事評価・育成投資・福利厚生の設計が大きく変わる。「平均給与」より「キャリア選択肢の幅」、「定着率」より「自己実現の余地」が指標となる。第二に、彼女の「善のもろさ」論は、リスク・マネジメントの新しい姿勢を示唆する。完全な制御を諦めることなく、しかし重要な善ほど運に左右される脆さを抱えていると認めるとき、組織やキャリアの強さは「不確実性に対する開かれ」によって測られる。第三に、感情を知的判断とみなす視点は、組織内の感情労働・心理的安全性・コンパッションリーダーシップの哲学的基礎を与える。感情を抑圧でも放縦でもなく「世界をどう評価しているかの認知的判断」と捉えれば、感情的対立も論理的対話と同じ重みで扱える。