心理学者 / social

アルバート・バンデューラ
CA 1925-12-04 ~ 2021-07-26
カナダ生まれのアメリカ心理学者(1925-2021)。スタンフォード大学で半世紀以上教鞭をとり、社会的学習理論と自己効力感の概念を打ち立てた人物である。1961年のボボ人形実験で観察学習を実証し、行動主義から認知心理学への橋渡しを担った。功罪両論ある実験倫理を踏まえても、20世紀の応用心理学に最も大きな影響を残した一人として位置づけられる。
この人から学べること
バンデューラの自己効力感は、現代のキャリアと学習で最も実用的な心理学概念である。スキル習得の鍵は「やる気」を作ることではなく、小さな成功体験を積んで「自分はできる」という信念を更新すること。達成体験・代理体験・言語的説得・生理的状態の4つの源泉は、副業・資格・運動・チーム運営に直接転用できる。同時にボボ人形実験は、上司や親が見せる行動が観察学習で周囲に再生産されることを示す。叱責や攻撃的な言動は黙って伝染する。さらに道徳的離脱論は、不正・ハラスメント・炎上の心理を冷静に読み解く視点を与える。
心に響く言葉
自己効力感とは、これから直面する状況を切り抜けるために必要な行動を構成し実行できるという、自分の能力に対する信念のことである。
Self-efficacy is the belief in one's capabilities to organize and execute the courses of action required to manage prospective situations.
もし人が自分の行為の結果だけを頼りに何をすべきかを学ぶなら、学習は途方もなく骨が折れるどころか、危険なものになっただろう。
Learning would be exceedingly laborious, not to mention hazardous, if people had to rely solely on the effects of their own actions to inform them what to do.
自分は十分やれると思っている人は、そう思えない人とは行動・思考・感情のすべてが違う。彼らは未来をただ予想するのではなく、自ら未来を作り出すのだ。
People who regard themselves as highly efficacious act, think, and feel differently from those who perceive themselves as inefficacious. They produce their own future, rather than simply foretell it.
主体的なやりとりにおいて、人は社会システムの産物であると同時に、その生産者でもある。
In agentic transactions, people are producers as well as products of social systems.
道徳的離脱は道徳基準そのものを変えるわけではない。それは、特定の行為や状況に対して基準がどう適用されるかを変えるのである。
Moral disengagement does not alter moral standards. It changes how those standards apply to particular conduct and circumstances.
生涯と功績
アルバート・バンデューラは1925年12月4日、カナダ・アルバータ州マンデアで生まれた。住民400人ほどの小さな町でポーランド系の父とウクライナ系の母のもと、六人兄弟の末子として育った。教育環境が限られていたこの土地で、彼は自発的に学ぶ習慣を身につけた。高校卒業後の夏はユーコン準州でアラスカ・ハイウェイの地盤沈下防止工事に従事し、酒や賭博に揺れる飯場の人々を間近に見たことが、人間の病理への関心の原点になったと後年語っている。
1949年にブリティッシュコロンビア大学を3年で卒業し、当時の心理学の中心地アイオワ大学へ進んだ。1952年に臨床心理学で博士号を取得すると、彼はそのままスタンフォード大学に職を得て、2010年に名誉教授となるまで一つの大学で研究を続けた。同時代を席巻していたB・F・スキナーの行動主義に対し、彼は心的イメージや表象、自己制御といった内面の過程を実験で扱う道を切り開いた。行為者と環境が互いに影響し合う「相互決定論」の枠組みは、人を環境の受動的産物とは見なさない宣言でもあった。
彼の名を歴史に刻んだのが、1961年に実施されたボボ人形実験である。膨らませた人形に大人が乱暴に振る舞う場面を見せられた子供たちは、その後同じ部屋に入れられると人形を叩く確率が有意に高かった。報酬や罰がなくても、観察するだけで攻撃行動が獲得される。この知見は強化学習中心の見方を揺さぶり、メディア暴力やいじめ予防の研究、テレビ番組による行動変容を狙う「エンターテインメント・エデュケーション」の理論的基盤にもなった。一方で、子供を意図的に攻撃的な場面に晒した実験設計には研究倫理の批判が付きまとい、ボボ人形の挙動の単純さや実験室外での再現性をめぐる議論は今も続いている。
1977年の『社会的学習理論』、1986年の『思考と行動の社会的基盤』、1997年の『自己効力』は、彼の到達点を示す三部作である。とりわけ「自己効力感」(self-efficacy)は、ある行動を成し遂げられるという自分への信念が、課題への取り組み・粘り・回復力を左右するという臨床的にも実用的にも強い概念で、禁煙・慢性疾患の自己管理・教育・スポーツ・組織開発に応用された。1974年にはアメリカ心理学会会長を務め、本人は「15分間の名声がほしかっただけ」と冗談めかして語ったという。
晩年は道徳的離脱(moral disengagement)の研究に力を注ぎ、人々が自らの行動を正当化して非人間的な行為に至る心理機構を分析した。2002年の調査でスキナー、フロイト、ピアジェに次ぐ被引用数を持つ心理学者と評され、2008年にグレマイヤー賞、2014年にカナダ勲章オフィサー、2016年にバラク・オバマ大統領から国家科学賞を受けた。2021年7月26日、95歳でスタンフォードの自宅で亡くなった。生涯一貫して「人は環境に流される存在ではなく、自分を形づくる主体である」というメッセージを発し続けた研究者である。
専門家としての評価
バンデューラは行動主義から認知心理学への移行を主導し、社会認知理論の確立者として20世紀後半の応用心理学に最大級の影響を与えた研究者である。理論面では「環境-人-行動の相互決定」「観察学習」「自己効力感」「道徳的離脱」と一貫した概念体系を築き、教育・健康・組織・メディア研究に橋を架けた。一方でボボ人形実験の倫理性、実験室外での外的妥当性、自己効力感概念の文化差については批判もある。それでも彼の主体性重視の人間観は、現代のポジティブ心理学・コーチング・自己決定理論へと継承されている。