投資家 / バリュー投資

Leon G. Cooperman
アメリカ合衆国 1943-04-25
20世紀アメリカのバリュー投資家
ゴールドマン・サックスからオメガ・アドバイザーズを設立した
四半期決算を読む習慣の蓄積が銘柄選定力の基盤になる
1943年ニューヨーク・サウスブロンクス生まれ。ゴールドマン・サックスで投資調査部門のトップにまで上り詰め、1991年にオメガ・アドバイザーズを設立した。バリュー投資とボトムアップの企業分析を武器に数十年にわたり市場を上回るリターンを記録。労働者階級の出身からウォール街の頂点に至った経歴と、富裕層の社会的責任を訴える率直な発言で知られるバリュー投資家である。
名言
累進課税は支持する。富裕層はより多く払うべきだ。しかし強制的な再分配ではなく、自発的な社会還元を奨励すべきだと信じている。
I believe in a progressive income tax. I believe rich people should pay more. But I also believe that we should encourage people to give back voluntarily, not through forced redistribution.
株式市場は、セールが始まると客が店から逃げ出す唯一のビジネスだ。
The stock market is the only business I know that when things go on sale, the customers run out of the store.
私は常に、株価が企業の本質的価値を下回っていると思われる企業を探している。
I always look for a company where the stock price is below what I believe the value of the enterprise to be.
関連書籍
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クーパーマンの投資キャリアから個人投資家が学べる教訓は大きく三つある。第一に、ゴールドマン・サックスでの25年間が示す「分析力の蓄積」の重要性である。NISAで個別株投資を始める際、まずは少額で四半期決算を読む習慣を数年かけて築くことが、銘柄選定力の基盤となる。第二に「バリュー投資とマクロ分析の併用」である。割安な銘柄を見つけても、金利上昇局面では株式市場全体が下押しされる可能性がある。iDeCoのアセットアロケーションを考える際に、マクロ経済環境を考慮して株式と債券の比率を調整するという発想は、クーパーマンの手法の応用版である。第三に、SECとの和解事件が示す「法令遵守の重要性」である。個人投資家にとっても、インサイダー情報に基づく取引は厳しく禁じられている。会社関係者からの未公開情報で投資判断を行うことの法的リスクを認識することは、健全な投資活動の前提条件である。クーパーマンの経歴は、実力と努力で頂点に到達できることと、規範逸脱のリスクの両面を示している。
ジャンルの視点
投資家ジャンルにおいて、クーパーマンはゴールドマン・サックスの分析文化を継承したファンダメンタル重視のバリュー投資家として位置づけられる。バフェットやグレアムの系譜に属するが、機関投資家向けリサーチの実務経験に裏打ちされた定量分析の精度が特徴である。ジョン・ネフのような純粋な低PER投資家と比べると、マクロ分析を併用する点で柔軟性が高い。SEC訴訟という汚点はキャリアに影を落としたが、数十年にわたるリターンの実績と社会還元への姿勢は、ウォール街における一つの投資家像を代表している。
プロフィール
レオン・クーパーマンは、アメリカンドリームの体現者であり、ウォール街の内側から資本主義の責任を問い続けてきた投資家である。ゴールドマン・サックスの投資調査部門を率いた後にヘッジファンドを創業し、ファンダメンタル分析に基づく株式投資で一貫した実績を残した。
1943年、ニューヨーク市サウスブロンクスに生まれた。父親は配管工であり、家庭は決して裕福ではなかった。ハンター・カレッジ(現在のニューヨーク市立大学ハンターカレッジ)で理学士号を取得した後、コロンビア大学ビジネススクールでMBAを修了する。コロンビアはベンジャミン・グレアムが教鞭を執った由緒あるプログラムであり、クーパーマンもバリュー投資の学術的基盤をここで習得したと考えられる。
1967年にゴールドマン・サックスに入社し、投資調査部門でキャリアを積んだ。やがて同部門の共同責任者にまで昇進し、機関投資家向けの調査レポートの品質向上に貢献した。ゴールドマン時代の経験は、企業のファンダメンタルズを詳細に分析し、内在価値を見極める能力の基盤となった。25年間にわたるゴールドマンでのキャリアは、彼に業界全体を俯瞰する視座と広範な人脈を提供した。
1991年、48歳でゴールドマンを離れ、オメガ・アドバイザーズを設立した。運用資産は一時33億ドルを超え、その大半がクーパーマン自身の個人資産であった。投資スタイルはボトムアップのバリュー投資が主軸であり、PER、PBR、フリーキャッシュフロー利回りなどの指標を用いて割安な株式を発掘するアプローチを取った。同時にマクロ経済環境の分析も重視し、金利動向やセクターローテーションの見通しをポートフォリオ構築に反映させた。
2016年9月、米証券取引委員会(SEC)がクーパーマンとオメガをインサイダー取引で提訴した。具体的にはアトラス・パイプライン・パートナーズの株式を内部情報に基づいて取引したとの嫌疑であった。2017年5月にオメガは490万ドルの和解金を支払ったが、不正行為は認めなかった。和解条件にはコンプライアンスモニターの設置や取引記録の提出が含まれた。この事件はクーパーマンのキャリアにおける最大の汚点となったが、彼自身は一貫して不正を否定している。
2018年にオメガをファミリーオフィスに転換し、外部投資家の資金運用から撤退した。以降は自己資産の運用と慈善活動に注力している。クーパーマンは「ギビング・プレッジ」に署名し、資産の大半を慈善目的に寄付することを約束した。教育支援、医療研究、貧困対策を中心に寄付活動を行っている。
クーパーマンの投資手法の具体的な特徴として、企業のフリーキャッシュフローの分析を重視する点がある。PERだけでなく、設備投資後に残るキャッシュフローがどの程度あるかを精査し、そのキャッシュフローに対して株価が割安かどうかを判定する。また、業界再編や経営陣の交代といったカタリストの存在を投資判断の重要な要素として組み込んでおり、単に安いだけでは投資しないという規律を持っていたとされる。
クーパーマンは市場や政策に関する率直な発言でも知られる。富裕税の提案に対しては公然と反対の声を上げ、富裕層は税制による強制ではなく自発的な慈善で社会に還元すべきだと主張した。2019年にはテレビ中継中に、格差問題への想いから涙を見せる場面もあり、彼の感情的な誠実さが話題となった。労働者階級の出自を誇りとし、努力と教育による階層移動の可能性を信じるクーパーマンの姿勢は、アメリカ型資本主義への信念そのものである。